さよならの言葉に代えて


この季節になると思い出す  

入院していた頃 

病棟を結ぶ廊下に設けられた 

ピアノ曲が流れる院内喫茶に飽きた僕らは 

少しばかりの逃避行にはしゃぎながら 

病院に近いレストランに出かけた 

      

広いフィックスの出窓に

シクラメンが飾ってある 

大きな鉢植えの下で 

ささやかなランチをした 

       

静かに流れるジャズの旋律が 

二人を饒舌にしていったのか 

彼女がふと呟いた 幻聴

なんと答えたか忘れた 

      

彼女の苦しみを理解することは出来なかった 

彼女もまたぼくの苦しみを理解出来なかったのだろう

二人の間に初めて細い溝が生まれた 

         

窓の外は鉛色の空がどこまでも続き 

遥か彼方に 

守門岳が白くたおやかな峰を横たえていた