パピオンとダスティン・ホフマン

 

40才の頃、精神科の開放病棟に入院したことがある。開放病棟と言うのは、普通の病気での入院で、拘束されることもないし、普通に退院も出来る。


そこで、2人の男に出会った。


 一人の男は病名も不明である。彼はある商店を経営していたが、色白コンプレックスがあった。それで、日焼け灯を買って、日焼けした精悍な男に変身したかった。


 だが、その日焼け灯は強すぎて、顔に大きなシミが出来た。当然、メーカーを訴える。だが、当時はPL法施行前だったので、証明責任は被害者側にある。


それで敗訴した。


ご存じのように民事訴訟は多額の費用が掛かる。奥さんとも離婚して、精神異常という事になったらしい。まあ、私から見ても、頭おかしい。勝てっこないと思えた。最近、ファーストペンギンだったのかなと言う気もする。


 ほどなく退院して、彼が生活保護を受けて退院したというので、訪ねて行った。やせ細っていたので、安い野菜と三枚肉を醤油と出汁と少量の砂糖で味付けして、どんぶりにすれば栄養は足りるとアドバイスした。学生時代の知恵だ。


 しばらくして訪ねてゆくと、ふっくらとしていたが、自殺未遂をしたという。

なんか、学生時代にもいたな・・。信濃川に入水したのだが、木の根草の根につかまってしまったという。聞いてみると、孤独という事らしい。車があったので、彼の望む、いろいろな施設に案内したがどこも断られ、病院が再入院させてくれた。


 その後、彼は様々な病棟を渡り歩き、最後に会ったのは老人病棟だった。自分をここまで追い詰めたメーカーをどうしても訴追したいという。地方紙の記者は、訴訟が起ったら記事にするそうな。私も、彼の人生をここまで狂わした主犯を訴えたほうが良いとも思えたが、黙っていた。しばらくして、地方紙に小さく訴訟の記事が載った。「おお、やったな」と思ったが、以来彼とは会っていない。


 もう一人の男は優秀な銀行マンだったが、激務の末に発病した。私とあったときは20以上、転職したそうだ。たくさんの仕事をしたのだろう。血液検査の会社で、C型肝炎をうつされたそうだが、当然、因果関係不明。


 彼が障害年金2級を受給したというので訪ねて行った。住宅ローンの残りは実家が負担してくれて、奥さんも勤めていて、12万の年金があれば、子供を大学に行かせられるという。


なんと


 同じ先生だったので聞いてみた。曰く「あなたは貰わないほうがいい」多分、私には微かだが普通の生活を営める可能性があった。猛勉強して、当時としたら最先端の医療を受けた。曲がりなりにも普通の生活を営めた。


 思えば、生活保護や障碍者年金と言う、離島に流されることがなかっただけ幸せか?もちろん、そういう人たちを非難するつもりはない。上記に書いたように個別の事情があるのだ。


 生活保護と言う離島に安寧とすることを嫌ったスティーブ・マックイーン。障碍者年金という生活に安寧を求めたダスティン・ホフマン。パピオンと言う映画は、どうしても彼らが重なってしまう。。


じゃあ、私はどうなの?


 こころの病気と言う、いわれのない牢獄から脱出し続けている、パピオンならかっこいいけど・・。あいにく胸に蝶の入れ墨はない。代わりに、心に銀杏の刺青を秘めている。