サフラン摘み

  kissの後で

         時間と空間が

         複雑に

         入り交じっていた

         世界の事だったかも知れない

         夕日を見ていた

         ほっかりと大きな太陽が空に漂い

         南の島に沈む夕日は

         時の流れを

         ゆるやかのする

         ぼくらは

         取り留めのない

         おしゃべりをした

         海に陽が落ちて

         空が紫紺に染まるまで

          それから

         kissをした

         モノトーン

          の世界で

         白桃

          の風に誘われて

         巻き貝の仲間が持つ

         不可思議な螺旋

          に沿って

         堕ちていった

         地中海の夕闇

          にサフランを摘むとき

         透き通る肌を持つ人魚

          のしらべに

         船乗りは帰れない

         瑠璃色の刻

          の底ではじけ

         太古の海を彷徨う

 

          それから

         どれほどの時が経ったのだろう

         南十字星が瞬いていた

         海鳴りがする

         遙か彼方の珊瑚礁の縁では

         波が激しく砕け散り

         海の底では

         白蝶貝が妖しい光を放っている

 南の島で知り合った彼女とHをしたが耐えきれず出してしまったほどの意味。勿論、吉岡実の「サフラン摘み」がベースにある。吉岡は少年愛を描いたが、アミーバは合体してお互いの体液を交換し合う。生物はどうして進化してしまったんだろうという思いがあった。今では互いの粘膜をすり合わせることでしか愛し合えない。体液を交換した時、結実するか否か。

サフラン摘み     吉岡実

      『現代詩の鑑賞101』大岡信編

クレタの或る王宮の壁に

「サフラン摘み」と

呼ばれる華麗な壁画があるそうだ

そこでは 少年が四つんばいになって

サフランを摘んでいる

岩の間には碧い波がうずまき模様をくりかえす日々

だがわれわれにはうしろ姿しか見えない

少年の額に もしも太陽が差したら

星形の塩が浮かんでくる

割れた少年の尻が夕暮れの岬で

突き出されるとき

われわれは 一茎のサフランの花の香液のしたたりを認める

波が来る 白い三角波

次に斬首された

美しい猿の首が飾られるであろう

目をとじた少年の闇深く入りこんだ

石英のような顔の上に

春の果実と魚で構成された

アルチンボルドの肖像画のように

腐敗してゆく すべては

表面から

処女の肌もあらがいがたき夜の

エーゲ海の下の信仰と呪詛に

なめされた猿のトルソ

そよぐ死せる青い毛

ぬれた少年の肩が支えるものは

乳母の太股であるのか

猿のかくされた陰茎であるのか

大鏡のなかにそれはうつる

表意文字のように

夕焼は遠い円柱から染めてくる

消える波

褐色の巻貝の内部をめぐりめぐり

『歌』はうまれる

サフランの花の淡い紫

招く者があるとしたら

少年は岩棚をかけおりて

数ある仮死のなかから溺死の姿を藉りる

われわれは今しばらく 語らず

語るべからず

泳ぐ猿の迷信を……

天蓋を波が越える日までは

 私は結実する相手を求めていたし、だから、ああいう詩になった。勿論、吉岡の詩に及ぶべくもない。実際には架空の世界での話で、実は、白蝶貝にするか黒蝶貝にするかで、女友達と話した。私としたら、石垣島の川平湾の黒蝶貝のイメージだったんだが、詩としたら白蝶貝だろうか。


 結実した末が2人の子供と言うことになるのだろう。どれだけ苦労させられたか。今でも苦労している。その結実の結実の先が孫ということになる。あの時、必死に家内を口説かなかったら、今はない。そう思うと不思議だ。だから、ああいう平凡な詩にしかならなかったんだろうか。勿論、才能の問題もある。